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バレエ音楽「クラット」

「トゥビニアーナ」で私が演奏するピアノ独奏曲《4つの我が祖国
の歌》の終曲(第4曲)の主題旋律には、エストニア民謡「脱穀の
歌 Thresher's Dance」が採用されているのですが、この民謡は
既に、バレエ音楽《クラット(悪鬼)》でも使われていると知り、
音源から捜索しました。

4幕から成る《クラット(悪鬼)》(1941)

Act I: The Creation of Kratt
Act II: Kratt's Work
Act III: Night Herdsmen(夜の牧夫)
Act IV: Satanists(悪魔)




の中で、「脱穀の歌」は、第2幕前半にオーボエ独奏により、はっきりと
聴くことができました。

第3幕では合唱が挿入されていたり、ヴァイオリンがソロで活躍します。
タイトルの「夜の牧夫」は《エストニア民族舞踏組曲》(無伴奏/1979)
の第2曲にもあることに気づきました。
トゥビンは子供のころ、羊飼いをしたことがあるらしく、「羊飼いの歌」
や「角笛の調べ」などで、故郷へ想いを歌っている作品が少なくありませ
ん。「夜の牧夫」もその一つでしょう。


トゥビンは1938年にブタペストでバルトークとコダーイに会って以来、
彼らの民謡採集に影響を受けてエストニア民謡を集め、作品に取り入れ
るようになりました。《クラット》はそうした作品の最初の傑作です。
「脱穀の歌」というエストニア民謡はとりわけ気に入ったようで、トゥ
ビンは高く評価しています。



古典的な伝統を受け継ぎながら最新の作曲技法を取り入れ、10曲もの
交響曲を次々に生み出していく一方で、トゥビンの音楽のもう一つの
側面を余すところなく表現しているのが、この《クラット》ではないで
しょうか。


「クラット Kratt 」は完成後2、3年の間に30回以上の上演がありました
が、1944年に悲劇が起こります。エストニアのタリンで上演中、ソ連の
空襲に見舞われ、スコアが焼失してしまったのです。

スコアを書き直す・・
そこにはどれほどの悲しみと、憤りと、でも不屈の精神と祖国への想いが
入り交じったでしょうか。私に想像出来るはずもないことです。

大切な作品は16年後の1960年に甦り、こうして今、聴くことができる
演奏も残されました。


トゥビンのピアノ音楽には、管弦楽的な要素が随所にちりばめられていて、
彼の管弦楽曲を聴くことで、ピアノでの表現にも厚みや奥行きが出るよう
に思われます。ピアノという楽器ならではの微細な表現を大切にしながら、
指揮者がしっかりと拍をとって進んでいくスケールの大きな音楽も作りたい。

私が取り組んでいる《4つの我が祖国の歌》は《クラット》の6年後(空襲
で焼失の3年後)に書かれた作品ですが、「脱穀の歌」が終曲に入ってくる
大きな流れを《クラット》へのトゥビンの思いと重ね合わせて演奏したいと
思っています。









もう一人の親友

トゥビンがタルトゥ高等音楽学校に入学した時に、ヘイノ・エッレルの
作曲クラスで共に学んだ友人に、オラヴ・ローツ Olav Roots という人
がいます。
彼はトゥビンの1年上の先輩だったようですが、調べてみると、年齢は
トゥビンより5歳も年下であることがわかりました。トゥビンはタルトゥ
高等音楽学校に入る前に、タルトゥ師範学校で4年間学んでいるため、
音楽の専門的な勉強を始めたのが遅かったのですね。

写真はオラヴ・ローツです。

Roots_Olav_1932-205x300.jpg

IMAGEN-7299026-2.jpg



オラヴ・ローツは優れたピアニスト、また指揮者として活躍、作曲家でも
ありました。
トゥビンの作品を最も多く演奏した人ではないかと思います。

26歳の時にトゥビンの《交響曲 第1番》を初演者として指揮したのを皮切
りに、第4番までの交響曲をすべて初演しました。また先日触れたトゥビン
の親友ヴァイオリニスト、トゥルガンの伴奏者としても活躍していました。
さらに、《ピアノ・ソナタ 第2番 “オーロラ” 》、《ピアノ小協奏曲》の
初演者もローツでした。

ローツは1944年に、トゥビン一家が乗ったのと同じ船で、スウェーデン
に亡命を果たし、その後8年間はトゥビンとともに音楽活動を続けます。

1952年、ローツは南米コロンビアのオーケストラに呼ばれ、スウェーデン
を離れますが、その地(ポゴタ)でも親友トゥビンの音楽の普及に努め、
交響曲 第5番、第7番、コントラバス協奏曲などのトゥビン作品をコロンビ
アの地にもたらしました。

トゥビンが癌の手術を受けた頃、ローツはポゴタで、スウェーデンにも
エストニアにも帰ることなく亡くなったのでした。1974年のことでした。
トゥビンは「思い出の中のオラヴ・ローツ」という文章を綴ったといいます。

親友ローツにしても、トゥルガンにしても、今となっては幻の音楽家であり、
その演奏を聴くことはもうできないと思っていましたが、トゥビンの《ピア
ノ小協奏曲》(コンチェルティーノ)のローツのピアノによる録音を
ナクソスで発見しました。

こちら(ナクソス試聴出来ない方にはごめんなさい)

Piano Concertino in E flat major (section from rehearsal)
Olav Roots (ピアノ)
スウェーデン放送交響楽団 - Swedish Radio Symphony Orchestra
Tor Mann (指揮)


きらめく音色が大変魅力的で、テクニカルな部分も軽やかに弾きこなして
います。室内楽の演奏もさぞ美しかったに違いないと、イメージが膨らみ
ます。
トゥビンが頼りにしていた親友音楽家の才能に触れ、厳しい時代にもかかわ
らず、エストニアの音楽家たちは力を高め合い、素晴らしい音楽の世界を
築き上げてきたことがわかりました。

戦争さえなければ、作品や演奏がもっと遺されたでしょうに・・。


でもトゥビンを通して、知られざる音楽家を知ることができ、特に二人の
親友に少しでも光を当てることができてよかった。。
その二人がヴァイオリニスト&ピアニストという素晴らしい共演者であった
ことも、私にとってとてもうれしいことです。


トゥビン と トゥルガン



トゥビン:バラード(原曲;ヴァイオリンとピアノのための)
 ヴァイオリン:グスタヴォ・ガルシア
 指揮:ネーメ・ヤルヴィ
 グーテンブルク交響楽団


この曲を聴くと、エヴァルド・トゥルガン Evald Turgan という
ヴァイオリニストと、トゥビンとの友情について思い起こさずには
いられません。

8_2.jpg トゥルガン


1939年に書かれたこの《バラード》は、初めにヴァイオリンとピアノ
のために書かれ、トゥルガンとレオ・タウツ Leo Tauts により初演
されました。その後、すぐにオーケストラに編曲され、トゥビンに
とって初のヴァイオリンとオーケストラによる作品ともなりました。

2年後の1941年のクリスマスに、トゥビンは《ヴァイオリン協奏曲
第1番》を書き、親友トゥルガンにプレゼントします。

トゥビンとトゥルガンの素晴らしい関係は、生涯続くものと思われ
ました。それまでに書いたヴァイオリン曲すべてが、トゥルガンに
よって初演されていることからもそれは明らかだと思います。

しかしトゥルガンは、1944年、エストニア史における最大の悲劇と
なったシベリアへの強制移送に巻き込まれるのです。

その前年の1943年12月3日、タルトゥのヴァネムイネ劇場で開かれた
オール・トゥビン作品による演奏会で、トゥルガンが《バラード》を
再演したのが、トゥビンが彼の演奏を聴く最後の機会となってしまい
ました。

「トゥビニアーナ」では、この《バラード》をピアノ伴奏で演奏します。

1943年にトゥルガンの伴奏をしたのは、オラヴ・ローツというピアニ
ストでしたが、彼もトゥビンの親友でした。
(次回はローツについて書きます)

彼らの永遠の友情を讃えつつ、演奏したいと思います。



エストニア語資料は→こちら
ここでトゥルガンとローツの貴重な演奏写真を見ることができます。




タルトゥ時代とスウェーデン時代

トゥビンの生涯は、平穏なものではありませんでした。

第2次世界大戦が始まり、1940年にエストニアがソヴィエト連邦
の支配下なると、情勢は刻々と悪化し、44年にはソヴィエト空軍
による空爆がタルトゥ、そして首都タリンにも及ぶようになりま
した。タリンでは、トゥビンのバレエ組曲《クラット》上演中に
空襲があって、スコアが焼失。トゥビン一家はその数ヶ月後、
スウェーデンへの逃れます。39歳の時の出来事でした。


トゥビンの生涯は、亡命までのエストニア・タルトゥ在住時代と、
亡命後のスウェーデン時代とが、ほぼ半々になっています。

亡命後、初めて祖国の地を踏んだのは、1961年、トゥビン56歳
の時でしたが、エストニアに帰ることはなく、スウェーデン、スト
ックホルムの市民権を得て、77歳で亡くなるまでスウェーデンにて
作品を書き続けました。

エストニアが誇る最も偉大な作曲家トゥビンですが、ストックホ
ルム郊外の「森の墓地」に眠っています。






《交響曲 第2番「伝説」》より 第1楽章

Estonian National Symphony Orchestra,
conducted by Arvo Volmer


この作品は、第二次世界大戦直前の1937年6月、生まれ故郷トリラ村
にて休暇を過ごした際、作曲に着手。11月にタルトゥにて完成した。






トゥビンが独学で学んだ楽器

トゥビンの両親は心から音楽を愛する人で、父親は漁師と洋服の仕立て屋
をしていましたが、趣味でトランペットやトロンボーンを吹いていました。
兄は学校の教師でしたが、趣味でヴァイオリンを弾いていました。

兄は21歳で結核のため急逝。兄が当時7歳の弟に遺したのは、楽譜とフルー
ト、そしてヴァイオリンだったといいます。

トゥビンはフルートをすぐに独学で習得します。

ヴァイオリンはいつ習得したのか、はっきりとした記述がないのですが、
ルメッセン氏(※)によると「トゥビンにとってヴァイオリンはお気に
入りの楽器で、彼は少し弾くことが出来た」ということです。

ピアノは家になく、トゥビンが13歳のころ、父親が、家計が貧しかった
にもかかわらず、大事な家畜を一頭売って、スクエア・ピアノを買って
くれました。

ピアノも独学で学んで、すぐに弾けるようになりました。



「トゥビニアーナ〜エドゥアルド・トゥビン没後30年記念演奏会」では、
ピアノ曲、ヴァイオリン曲、フルート曲を取り上げています。
トゥビンは音楽学校に入る前から、これらの楽器に一人で向かい合い、
自然と音楽の世界へ没頭していったのだと思うと、感慨深いものがあります。
その後、作曲も指揮もできるようになるのですから、それは才能といえども、
ものすごい努力家だったのでは・・。




※ヴァルド・ルメッセン氏:国際トゥビン協会会長。ピアニスト。





エドゥアルド・トゥビンを知る

今日から、トゥビンという作曲家とその作品について、頑張って書いて
いきたいと思っています。

トゥビンについての信頼出来る資料は英文しかなく、先月は作品につい
て片っ端から解読し、今月に入ってからはトゥビンの生涯について少し
ずつ読みました。
トゥビンが生涯にわたって書き続けた交響曲 全10曲も、まだ聞き流し
に過ぎませんが、ようやく聴き終えました。

トゥビンは第2次世界大戦の過酷な時代でも創作を続け、力強く生き
抜いた作曲家です。
私自身、この数年、そういった時代に生きた作曲家の作品との出会い
が幾つもあり、たった一つの作品との出会いから作曲家の生涯を知り、
何を言いたかったのか・・と考えてきました。

モーツァルトが短調の曲をほとんど書かなかったのは、「音楽は人々に
喜びや幸福を与えるものでなければならない」と思っていたからだ(か
なり無理をして?)といわれますが、トゥビンの音楽は、それがもう少
し複雑に、でもモーツァルトよりは素直に、苦しみも喜びも両方をにじ
ませている・・(上手く言えませんが・・)と感じています。


私の大好きなトゥビンの写真です。

tubinkomponeerib.jpg




EMP企画2012~トゥビニアーナ

A4チラシ表_2

A4tubin.jpg


エストニアン・ミュージック・プロジェクト=EMPの今年の企画は、
エストニアの偉大な作曲家、エドゥアルド・トゥビンの
「没後30年記念演奏会」です。


【オール・トゥビン・プログラム】

 ヴァイオリンとピアノのためのバラード ETW52
 ヴァイオリンとピアノのためのプレリュード ETW54
 エストニア民族舞踏組曲(無伴奏ヴァイオリンのための) ETW58
 フルートとピアノのためのソナタ ETW65
 4つの我が祖国の歌(ピアノ組曲) ETW42
 ピアノ・ソナタ 第2番《オーロラのソナタ》 ETW44
 

【出演】
 秋場 敬浩 (ピアノ) Takahiro AKIBA (Piano)
 吉岡 裕子 (ピアノ) Yuko YOSHIOKA (Piano)
 秋葉 美果 (ヴァイオリン) Mika AKIBA (Violin)
 白石法久(フルート)Norihisa Shiraishi (Flute)

【主催】
 ESTONIAN MUSIC PROJECT

【後援】
 駐日エストニア共和国大使館 Estonian Embassy in Tokyo
 日本・エストニア友好協会 Japan-Estonia Friendship Association
 国際エドゥアルド・トゥビン協会 International Eduard Tubin Society

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トップページにチケットお申し込みフォームを設置しましたので
ぜひご利用下さい。






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