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歌と踊り 第6番

第5番と同じ年に書かれた第6番も、「歌」と「踊り」両方とも
モンポウのオリジナル。

第6番は、「歌と踊り」全曲の中で最も知られている作品と言える
だろう。親交のあったピアニスト、アルトゥール・ルービンシュ
タイン Artur Rubinstein (1887-1982)に献呈され、彼が気に
入ってよく弾いていたこともあるかもしれない。




左から
モンポウ
ルービンシュタイン
フランク・マーシャル


写真のフランク・マーシャル Frank Marshall は、「歌と踊り」第3番
を献呈され、グラナドスの高弟であり、アリシア・デ・ラローチャ
Alicia de Larrocha の師であることは既に書いた。(→こちら

フランク・マーシャルの弟子、アリシア・デ・ラローチャは、ルービ
ンシュタインにも才能を認められ、彼の推挙でヨーロッパ・デビュー
を果たし、その後アメリカにも進出できたという話がある。彼女は
「歌と踊り」第14番を献呈されている。

マーシャル、ルービンシュタイン、ラローチャという、深い絆のある
3人が皆、モンポウと親しく、「歌と踊り」を献呈されているという
共通点を持っていることは大変興味深い。



歌と踊り 第6番(1942)

 歌:オリジナル
 踊り:オリジナル


モンポウはこの曲について、次のようにコメントしている。

「どうやって浮かんできたかわからないのだが、キューバ、ブラジル、
アルゼンチンの雰囲気を感じた」



You Tube で、「第6番」演奏の有難い編集を見つけた。
作曲者本人を含めた名演のオンパレード!!



1. Federico Mompou
2. Artur Rubinstein
3. Arturo Benedetti Michelangeli (only Cancion)
4. Gonzalo Soriano
5. Rafael Orozco
6. Alicia de Larrocha


3人目のミケランジェリがこの第6番をお気に入りのアンコールピース
(前半の「歌」のみ)として弾いていたことはよく知られている。





歌と踊り 第5番

モンポウ94年の生涯で、30代終わりから40代終わりにかけては、
非常に辛い年代だったろうと思う。
1931年(38歳)〜1941年(48歳)は作曲活動が殆どできず、不作
の10年だった。世の中の情勢に加え、家庭内でもいろいろなことが
起きた。

1932年 兄のホセ(画家)の病気
1935年 父、死去
1936年 スペイン内戦勃発/北イタリア、パリへと逃れる
1939年 第二次世界大戦始まる
1941年 9月、バルセロナに戻る


バルセロナに戻ってからは、創作活動が再開される。
後に妻となるピアニストのカルメン・ブラーボ(1923-2007)との
出会いもあり、彼女の助けを得て、演奏にも意欲的に取り組むように
なった。

「歌と踊り」シリーズは、第5番、第6番の2曲が、第4番(1928)
以来、14年ぶりに完成した。


 歌と踊り 第5番(1942)

 歌:オリジナル
 踊り:オリジナル


「歌」にも「踊り」にも伝統的な民謡が使われておらず、モンポウ
オリジナルの「歌と踊り」になっており、マリア・カナルス Maria
Canals(1914-2010) に献呈されている。
マリア・カナルスといえば、「マリア・カナルス・バルセロナ国際
音楽演奏コンクール Maria Canals Barcelona International
Musical Execution Competition」が思い起こされよう。
彼女は、カタルーニャのピアニストで、作曲家・作家の夫と共に、
1954年にピアノコンクールを設立している。




これは大変貴重な写真だ。「歌と踊り」第5番、6番が書かれた年
と同じ1942年の写真!!(出典→こちら

中央:マリア・カナルス
後ろ左:リカルド・ビニェス(おひげはないですが・・)
後ろ右:マニュエル・ブランカフォルト(第2番で少し触れました)

カタルーニャを代表するピアニスト&作曲家たち。
この場にモンポウも居たのでは?という気がしてしまう写真である。



14年ぶりの歌と踊り 第5番は、モンポウが夢の中で弾いていたという
音楽を「踊り」のテーマとして使って作り上げ、それに合う「歌」を
そのあと書き加えたとか。

モンポウのピアノ作品というと、静かに終わる曲が多く、《歌と踊り》
も第4番までは、どれも穏やかに終わっているが、第5番は重厚なff で
締めくくられている。
祈りのような「歌」から、静かな鐘の音(冒頭にcampanellaとある)
が聞こえる「踊り」に移行、コラール(賛美歌)を経て、平和の喜び
を奏でるカリヨンが高鳴っていくような構成だ。
不作の10年から、公私ともに充実したモンポウの新たな人生が始まる
かのような作品である。


モンポウの演奏





ゴンサロ・ソリアーノ Gonzalo Soriano の演奏(1958)



ソリアーノ(1913-72)はラローチャ以前のスペインを代表する
名ピアニスト。歌と踊り 第9番 を献呈されている。詳しくはまた。



年内は

急に秋めいて、ツクツクホウシが慌てたように鳴き出しています。
いつの間にか少し日も短くなりました。

最近、モンポウの「歌と踊り」についてまじめに書き綴っていますが、
肝心の今後についての見通しはなかなか立てることができずにいます。
モンポウの演奏やエストニアで弾こうとしていたシサスクの銀河巡礼
を年内にやれないものかと思案していましたが、2週間前から受けてい
る治療が左手の調子に影響し、あまりたくさん弾いてはいけないと言わ
れ、一進一退の日々です。
この分では、治療が終わる9月末まで計画を立てられない気がするので、
年内の自主企画はお預けかな〜と、珍しくあきらめ気分になってます。

ここで弾いてくださ〜い!と呼んでくださったら、頑張れそうな気も。
つまり、コンサート準備の雑用をやる元気が出ないものでして・・。





つい最近のわたし。
ちょっと痩せましたけど、気持ちは元気ですからご安心下さい。

暑さがおさまるまでは、のんびり暮らします。



末筆になりましたが、Amazon にて、シサスク「銀河巡礼」のCDを
お買い上げ下さいましたお客様、ありがとうございます。
このところ在庫切れになることが多く、ご迷惑おかけ致しましたことを
お詫びいたします。
今後共よろしくお願い申し上げます。





歌と踊り 第4番

 歌と踊り 第4番(1928)

 歌:船乗り El Mariner
 踊り:ろうそくの踊り Ball del Ciri


第4番は Princess Bassiano バッシアーノ王妃に献呈されたとある。
バッシアーノ王妃とはどなたのことなのか、調べるのに随分時間が
かかってしまった。
彼女はローマの名家、カエターニ家の Roffredo Caetani(1871-1961)
の夫人、Marguerite Caetani(1880-1963)のようだ。
夫ロッフレード・カエターニは音楽家として名を馳せた人でもある(作品
は→こちら)。
夫妻はフランス、ヴェルサイユの Villa Romaine に定住し、雑誌
「Commerce」を刊行するなど、文化活動にも従事した。1932年にイタ
リアに戻り、ローマ近郊の中世都市の廃墟、ニンファ Ninfa を現在の姿
に修復、改造した。ニューヨークタイムズ紙が「世界で最も美しい公園」
と讃えたという。
夫人のまたの名、バッシアーノ王妃の Bassiano とはカエターニ家が所有
する領地の一部の名である。

モンポウはカエターニ夫人(バッシアーノ王妃)がヴェルサイユで開催
したコンサートに出演したことがあるようだ。
王妃に献呈した《歌と踊り》第4番は、「歌」に “船乗り” という民謡を用
いているが、歌詞の内容は以下のようなシンデレラ・ストーリーなので(注)
“バッシアーノ王妃” にぴったりの贈り物かも。

海辺で乙女が王女のためにハンカチを編んでいると、絹が足りなくなった。
そこへやってきた船乗りに「絹はないか」と訊ねてみると
船乗りは、彼女を自分の船に招いて、絹やろうそくを選ばせてくれた。
ところが、乙女は眠くなってしまい、
目が覚めると、もはや船は岸から遠く離れていた。
「帰して」と頼む乙女に船乗りは言った。
「君は私の王妃になるだろう。私は船乗りではなく、イギリスの王子なの
です。」
 



「船乗り」 El Mariner(Billettes教会/Dec.10, 2010)



Arianna Savall(歌、ハープ)
Petter U. Johansen(歌、ヴァイオリン)
Sveinung Lilleheier(ドブロギター)
Miquel Àngel Cordero(コントラバス)
David Mayoral(打楽器)


海の音の効果音まで入って、中世風な良い感じ!
この歌は、冒頭の歌詞をそのまま取って、「海のほとりに」A la vora de
la mar とも呼ばれているようだが、ストーリーを考えると「船乗り」と
いうタイトルの方がよさそう。

____________________


「踊り」で使われている “ろうそくの踊り” は、《歌と踊り》第1番でも登場
したカステルテルソルの「ろうそくの祭り」で踊られ、踊りの進行に伴って
3通りの音楽がある。「たいまつの踊り」と訳されている解説もあるようだが
映像を見ると・・どうみてもこれは、たいまつではなく、ろうそくですよね?!

それに、「ろうそく」と訳した方がよさそうな理由がもう一つある。
上記の「歌」の歌詞で、王子様の船には、ろうそくも積まれていたとあるの
にピーンときた私。花婿花嫁がペアになり、ろうそくを持って踊るこの踊り
のことをモンポウはこの物語詩から思い出し、「歌」に続く「踊り」に採用
したのでは? あくまで推測だが、そうだったらちょっと嬉しいな。



カステルテルソルの「ろうそくの踊り」 Ball del Ciri(2010)





カステルテルソル Castellterçol とはどこにあるのかも、調べてみた。→こちら
モンポウの生まれ故郷、カタルーニャについてはまたの機会に。


George Copeland (1882 -1971) の演奏で「歌と踊り」第4番を
お聴きください。






注)「粋と情熱〜スペイン・ピアノ作品への招待」(上原由記音 著)を
   参考にしました


歌と踊り 第3番

歌と踊り 第3番 は、フランク・マーシャル Frank Marshall
(1883-1959)に献呈されている。彼はグラナドスの高弟で、
アリシア・デ・ラローチャの師でもあるカタルーニャのピアニ
スト。
第3番を初演した(於:バルセロナ)のは、リカルド・ビニェス
Ricardo Viñes(1875-1943)で、彼もカタルーニャ生まれの
ピアニスト、作曲家。彼はフランスで活躍し、ドビュッシー、
ラヴェルの数多くのピアノ曲の初演者としても歴史に名を残す
人物であり、プーランクのピアノの師でもある。

こんなおひげのお人。

ビニェス
リカルド・ビニェス Ricardo Viñes



【リカルド・ビニェスが初演したラヴェル&ドビュッシー作品】

ラヴェル:
古風なメヌエット
グロテスクなセレナード
水の戯れ
亡き王女のためのパヴァーヌ

夜のガスパール
古風なメヌエット

ドビュッシー:
ピアノのために
版画
仮面
喜びの島
映像(第1集、第2集)

___________________________________


モンポウは「歌と踊り」第8番を、彼への追悼曲として出版して
いる。詳しくは第8番の解説の折りにまた・・。




歌と踊り 第3番(1926)

歌:聖母の御子 El noi de la mare
踊り:サルダーナ Sardana(オリジナル)




「歌」で採用している「聖母の御子」はカタルーニャで最も有名
なクリスマス・キャロル。
この旋律をアンドレス・セゴビア Andrés Segovia(1893-1987)
のギターでお聴き下さい。



「聖母の御子」




 
「聖母の御子」(by 若い頃のセゴビア)






「踊り」は、カタルーニャ名物の輪踊り、サルダーナ。伝統曲の
引用ではなく、モンポウのオリジナル曲となっている。
したがって下記の映像の音楽と、モンポウの第3番「踊り」は
関係ないものであるが、サルダーナの雰囲気をとても楽しく伝えて
くれる映像である。どこかにモンポウが踊ってたりして!?



バルセロナのサルダーナの様子(2007)



(プレイボタンを押したあと、画面右下の YOU TUBE
の文字をクリックすると大きい映像で見られます)



サルダーナの音楽はふつう、11人編成のコブラ coblaと呼ばれる
民俗的な管楽合奏団により演奏され、人々は手をつなぎ、輪になっ
て踊る。スペインの各地方にフラメンコを始めとした、多彩な民族
舞踏があるが、サルダーナはそうした数多くの種類の一つである。



第3番の「歌」、「踊り」には、小節線がない。
曲の終わりに主和音が抜けているようだ。モンポウの自作自演では
その和音が弾かれているので、主和音は加えて演奏される方が良い
と思われるが、ゴンサロ・ソリアーノのレコーディングでは、その
主和音はないままの演奏となっている。
ゴンサロ・ソリアーノというピアニストについては、歌と踊り 第9番
の解説の折りに詳しく書きたいと思う。





モンポウの自作自演もお聴き下さい。


「歌と踊り」第1番〜第3番






歌と踊り 第2番

「歌と踊り 第2番は、足かけ7年がかりで完成された」という
解説を見つけた。
 こんな短い曲に7年も・・? 少々疑問だ。

 1918年に書き始められたということで、第1番よりも前に書き
始められたことになるが、1924年までの7年間、何があったの
だろうか。

この間に作曲されたピアノ作品は以下の通り。

1918 子供の情景
1919 魔法の歌
1920 遠い祭り
1921 歌と踊り 第1番/魅惑/3つの変奏曲
1923 対話


 時代的には、第一次世界大戦(1914〜18)の混乱の世の中に
あって、スペインでは1917年から23年までの間に政権が13回も
変わるような事態となっていて、モンポウの持病である鬱病が
悪化することもあったようである。


 私は、第2番が完成するまでに7年もかかったと見るよりは、一度
放置されてから、1921年に「歌と踊り」第1番を作曲したことで、
そのあとに第2番としてこれを位置づけるアイデアが浮かんだか、
「歌と踊り」を曲集として今後書き続けていく構想を思いついたか、
いずれかのきっかけがあって、1924年の完成に至ったのではないか
と考える方が自然な気がする。第3番はその2年後の1926年、第4番
は1928年と着々と続き、同時にその頃、「前奏曲集」にも着手し、
創作意欲が順調に増しているからである。




歌と踊り 第2番(1924)

歌:イサベル夫人 Senyora Isabel
踊り:宮廷風のギャロップ Galop de cortesia



「歌」は、カタルーニャ民謡の “イサベル夫人” が使われている。
“イサベル夫人” は、 “12人の騎士 Dotze cavallers" というタイ
トルでも知られているようだが、マニュエル・ブランカフォルト
Manuel Blancafort(1897-1987)※ のピアノ作品集の中にも
“イサベル夫人” のタイトルで同じメロディが扱われているので
“イサベル夫人” を採用する方がよいと思われる。

※ マニュエル・ブランカフォルト:1914年にモンポウと知り合って、彼に激励
 された作曲家。モンポウの作品が見直されるようになってから、再評価され
 始めている。




    ブランカフォルト(左)とモンポウ


「踊り」には、ピレネー山脈の村に伝わる舞曲が採用されている。
以下のリンクで踊りの様子が見られる。
モンポウが「踊り」の冒頭に Molto amabile(大変 愛らしく)
と加えた理由がわかる。


宮廷風のギャロップ Galop de cortesia



「歌」は小節線、拍子記号なし。
「踊り」には小節線はあるが、拍子記号はない。




モンポウの自作自演も併せてお聴き下さい。


「歌と踊り」第1番〜第3番






歌と踊り 第1番

モンポウの「歌と踊り」は、そのタイトルの通り、“歌” と “踊り”
の部分からできている。“歌” と “踊り” のメロディには、伝統的
に今も受け継がれているものを使っていることが多い。

私が特に調べたいと思ったのは、伝統的な民謡や踊りが実際に
どんなものかという点である。幸いにも世の中便利になり、YOU
TUBE でそのほとんどを見つけることができるので、まとめてお
こうと思う。


「歌と踊り」第1番 (1921)

 歌:カルメシーの娘 La Filla del Carmesi
 踊り:カステルテルソルの踊り La dansa de Castelltersol


“歌”には「カルメシーの娘」というカタルーニャの物語歌が使わ
れている。CDによっては「幼い花嫁」というタイトルになって
いることもあるようだが、同じことである。カルメシーの娘が、
靴の履き方も服の着方もわからないほど幼いのに嫁に行った・・
という話から来ているので。
「カルメシーの娘」という歌曲を見つけたので、私はこちらの
タイトルを採用したいと思う。


「カルメシーの娘」/Victoria de los Angeles






“踊り” はバルセロナの北に位置する村、カステルテルソルの
「ろうそくの祭り」で今も実際に踊られる「カステルテルソル
の踊り」が使われている。

2009年と1982年の映像より。


カステルテルソルの踊り(2009)




カステルテルソルの踊り(1982)






「カステルテルソルの踊り」の旋律を歌っている映像も発見。
この合唱の後半では、歌と踊り 第4番 の “踊り” に使われている
「ろうそくの踊り」(これもカステルテルソルの祭りで実際に
踊られる)の一部が続けて歌われている。






モンポウの楽譜では、Cançons i danses(歌と踊り)のタイトル
の下に Populars(=ポピュラー)と書かれている。“歌” 冒頭の
Moderato 表示は初版にはなく、あとから書き加えられたそうだが
この旋律があまりにも有名なために、初めは書かれなかったのかも
しれない。
また、“歌” “踊り” ともに小節線なし、強弱の指示もなく、拍子は
「3」と書かれているだけである。
小節線のないものは、モンポウの作品には珍しくなく、拍子が数字
一つだけだったり、拍子の表示がない曲は「歌と踊り」の中に何曲
もある。



モンポウの自作自演も併せてお聴き下さい。


「歌と踊り」第1番(〜第3番)





エストニア国旗の切手

今日、エストニアの楽譜出版社 edition49 から楽譜が届き
ました。
注文からいつも一週間で必ず届きますが、今回もぴったり
一週間。
長年、直接メールのやりとりで注文に応じてくださるヴァルド・
プレーマさんは、シサスク氏のエストニア語のメールを英訳
してくださったこともあったり・・もはや大切な友人かもしれ
ません。(まだお目にかかったことがないのです。)

送られてきたパッケージに貼られていた切手に、エストニアの
国旗の切手がありました。まるで はためいているように立体的
に見えるのに、平らな普通の切手なのです。素敵! 思わず写真
に撮ってしまいました。





来年はエストニアン・ミュージック・プロジェクト(EMP)結成
から10年の節目。コンサートは必ず開かなくてはなりません!
秋場氏と意見交換を重ねています。





もう一つの「歌と踊り」

スペイン、バルセロナの楽譜出版社 BOILEAU より出版となった
フェデリコ・モンポウ未出版ピアノ作品集 Unpublished Works
Collection の第3巻の中に、もう一つの「歌と踊り」を見つけま
した。

歌と踊り「クリスマスの飾り」(1914)
Cançons i Dansa del pessebre


「歌と踊り」の第1曲よりも前に書かれているこの小品が、次なる
作品「クリスマスの飾りPessebres」(1914〜17)のアイデアに
生かされたのか、あるいは1921年から72年まで書き続けられた
「歌と踊り」の前身となったのか、なんともわからないのですが、
なかなか良い作品で、うれしい発見です。

モンポウの「歌と踊り」全15曲をプログラムのメインに据えるリサ
イタルを実現できなくなってから、しばらく気持ちの面でモンポウ
から離れてしまいましたが、このところ再び私の中に「歌と踊り」
だけを演奏するコンサートを開けないだろうか・・とある構想が
浮かんで、お尻に軽く火がつきつつあります(笑)

「歌と踊り」全曲を弾きたい理由は、以前のブログ(→こちら
に書いていますが、全15曲を通して演奏すると、実は1時間近くに
及ぶことから、リサイタルの中に上手く組込むのは、やや難あり
でした。

そこで第1番〜第9番でまず一区切り、休憩を挟んで、後半に残りの
第15番までを演奏する方法を思いつきました。そこに今回、未出版
ピアノ作品集に見つけた「歌と踊り」(第0番!)を冒頭に加え、
全16曲演奏することも十分可能。

残念ながらまだ体調に問題があり、いつ、どこで、を決めることが
できませんが。


「歌と踊り」各曲については、以前に宣言したとおり、これから
連載していきたいと思っていますが、今日は、各曲のタイトルを
以下のように定めたいと思います。
詳しくは一曲ずつ解説する際にまた書きたいと思いますが、「歌」
「踊り」にタイトルがあるものは、カタロニアの物語歌や民謡など
の引用があることを意味しており、「オリジナル」というのは
そうした引用に寄らず、モンポウのオリジナルな作曲によるもの
であることを示しています。第15曲の「歌」については、まだ調査
中で、オリジナルかどうかはっきりしていません。


_________________________________________________________

フェデリコ・モンポウ Federico Mompou(1893-1987)

歌と踊り Cançons i Danses

第1番(1921)
 歌:カルメシーの娘 La Filla del Carmesi
 踊り:カステリュテルソルの踊り La dansa de Castelltersol

第2番(1924)
 歌:イサベル夫人 Senyora Isabel
 踊り:宮廷風のギャロップ Galop de cortesia

第3番(1926)
 歌:聖母の御子 El noi de la mare
 踊り:オリジナル(サルダーナ)Sardana

第4番(1928)
 歌:船乗り El Mariner
 踊り:ろうそくの踊り Ball del ciri

第5番(1942)
 歌と踊り:オリジナル

第6番(1942)
 歌と踊り:オリジナル

第7番(1944)
 歌:天の恵みの山々 Muntanyes regalades
 踊り:あととり息子のリエラ L'hereu Riera

第8番(1946)
 歌:アメリアの遺言 El testament d' Amelia
 踊り:糸を紡ぐ娘 La filadora

第9番(1948)
 歌:フランスへ行く夜鳴きうぐいす Rossinyol que vas a Franca
 踊り:オリジナル

第10番(1953)
「アルフォンソ10世の歌曲集」より Cantigas del Rey AlfonsoX
 歌:聖母マリア頌歌100番 Cantigas de Santa Maria100
 踊り:聖母マリア頌歌179番 Cantigas de Santa Maria179

第11番(1961)
 ベルガの「パトゥム祭り」より Tema de la "Patum"de Berga
 歌:鷲の踊り Ball d l'Aliga
 踊り:トルコ人と木馬 Turcs I cavallets

第12番(1962)
 歌:アラゴンの貴婦人 La dama d'Arago
 踊り:悪い知らせ La mala nova

第13番(ギター曲/1972)
 歌:鳥の歌 El cant dels ocelles
 踊り:賢い漁師 El bon cacador

第14番(1962/出版は1979)
 歌:盗賊の歌 La canco del lladre
 踊り:オリジナル

第15番(オルガン曲/1972)
 牧歌 Pastoral
 歌:オリジナル(?)
 踊り: Ball pla(カタルーニャの踊り)


_________________________________________________________

参考にした主な文献は次の通り:

Cançons i Danses(ウィキベディア)

・「粋と情熱〜スペイン・ピアノ作品への招待」(上原由記音 著)
・ CD「モンポウ:歌と踊り&前奏曲集/デ・ラローチャ」解説(濱田滋郎)


未出版ピアノ作品集についてはこちらを:





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